たまにはこんな読書もいかが?②『さるかに合戦 』きいろいとり文庫
Writer’s Nest(ライターズ・ネスト)代表WEBライターの吉田です。
先日唐突に始めた書評(というか紹介?)シリーズの第2弾として、日本の有名な民話の一つである
を取り上げます。
お子様への読み聞かせとして手軽に読めるというのはもちろん、大人がいろいろ考えながら読むのも楽しい一冊です。
また、今回も英語への翻訳が面白かったため、きいろいとり文庫(http://yellow-bird.info/))シリーズの本作を取り上げさせていただくことにしました。
※今回の記事でもライターズネスト所属の速水ねるこさんにアイキャッチ画像を描いてもらいました。
前回:たまにはこんな読書もいかが?①『手袋を買いに【日本語/英語版】 』きいろいとり文庫
様々な形がある”さるかに合戦”について
“さるかに合戦”は、数ある日本の民話の中でもかなり有名なもののひとつです。
小さいころに紙芝居で親しんだとか、TVの昔ばなし番組で観たことがあるという方も多いことでしょう。
まずは、そんなさるかに合戦を改めて紹介します。
さるかに合戦(きいろいとり文庫版)のあらすじ
ある日、カニが道に落ちていたおにぎりを拾います。
そんなカニ目を付けたずるがしこい猿は、
「手持ちのカキの種とおにぎりを交換しよう。カキが実れば、たくさんのカキを食べられるよ」
とカニに持ちかけます。
カニはその提案を受け入れてカキを育てましたが、手がハサミであるために木に登れません。
そこにやってきたサルが代わりにカキを取ることになりますが、サルは自分でカキを食べてばかり。
怒ったカニに対してサルはカキを投げつけ、カニは大けがをしてしまいます。
そこで見舞いに来てくれたハチ・クリ・ウスたちと一緒に、カニはサルに仕返しをすることになります。
みんなで力を合わせた合戦のすえ、サルは反省し、カニにちゃんとあやまるのでした。
実は本来もっと暴力的なさるかに合戦
上記のあらすじを読んで、「あれ?」と思った方もおられるはず。
その方は、もう少しバイオレンスなさるかに合戦を記憶しているということになります。
さるかに合戦に限らず、昔話やおとぎ話は元来暴力的な表現やストーリーに富んでいることが多く、時の流れとともにマイルドに調整されたものが大半を占めています。
※これは日本の説話や民話だけでなく、世界中の説話や童話などにおいても同様です。
特に”グリム童話”あたりが、かなり暴力的であるとか性的な側面を持っていたということで有名です。
以下は、さるかに合戦のバリエーション例について簡単に比較した表です。
きいろいとり文庫版 | バリエーション例 |
カニはサルによって大けがを負わされるが、無事に治る | そもそもカニは猿に殺されてしまう |
ケガが直ったカニが友達と一緒にサルに復讐に行く | 子ガニたちが復讐を計画し、仲間の力を借りる |
復讐にいく仲間はハチ・クリ・ウス | ハチ・クリ・ウスと牛のフン(昆布の場合も) |
サルは反省し、カニにしっかりとあやまる | 結局サルも凄惨に殺されてしまう |
※以下のリンクでは、青空文庫に掲載されている楠山正雄氏(児童文学者)の”猿かに合戦”を読むことができます。
さるかに合戦のテーマは「因果応報」だけか?
民話や説話といったものには、基本的に何らかのテーマがあります。
そう考えると、さるかに合戦のテーマはやはり「因果応報」だと考えられます。
「悪いことをした猿が、その報い(仕返し)を受ける」
というわけですから、これはまさしく因果応報です。
でも、ずるがしこい猿に効果的に仕返しするためには、カニだけではうまく仕返しを成し遂げることはできないでしょう。
そこでハチ・クリ・ウスたちが協力することで猿に見事仕返しするということは、チームワークの大切さも説いているはず。
しかし、果たしてそれだけでしょうか。
- そもそも何故サルとカニなのか?
- かにさる合戦ではいけないのか?
- なぜカキなのか?(日本の神話や民話にはモモが登場することがポピュラー)
- ハチ・クリときてそこにウスが登場するという発想はいったいどこから来たのか?
個人的にこのあたりが気になってしまいます。
ここにはきっと、このさるかに合戦の民話が生まれた地域や時代性が反映されているはず。
サルやカニなどの登場キャラクターも何らかのモチーフで、しいたげられた者が復讐をするというストーリーにふさわしいチョイスになっているのだと考えられます。
ちなみに私が学生時代に先行していた北欧文学研究において、児童文学や詩の研究を掘り下げ、ゼミで「ああでもない、こうでもない」と話し合った時間はなかなか有意義なものでした。
- 物語が生まれた年代や背景
- その当時作者の身の上にはどんなことが起こっていたのか
- 流行していた作品へのオマージュなどではないのか
- 宗教観からこの言葉がチョイスされているのではないか
などの観点から作品を掘り下げるという経験がない方は、一度試してみると面白いですよ。
少し話が脱線しましたが、現段階ではさるかに合戦についての深い考察や意見を私から提示することはできません。
上記のような研究は一筋縄ではいきませんし、修士論文や博士論文のようなボリュームになってもおかしくありません。
それでも
「これが絶対に正解だ!」
という真理にたどり着くことはほぼ不可能です。
ただ、いろいろな可能性に想いを馳せるということが楽しいのです。
この「たまにはこんな読書もいかが?」という書評シリーズは、あえて流行のビジネス書や自己啓発本を取り上げません。
こんな風に本に触れてみるのも楽しいですよ、というご提案のようなものです。
もし今回の記事を読んで興味を持たれた方は、是非一度さるかに合戦を読んでみてください。
そして、いろいろな意見交換などができたら良いなと思います。
さるかに合戦(きいろいとり文庫版)の名訳
きいろいとり文庫版のさるかに合戦には、日本語版のあとに英語版が収録されています。
日本語から英語に翻訳するうえで、いろいろなことを考えたうえで丁寧に翻訳されているなと感じます。
中でも特に良い・面白い訳(名訳)だなと思った文をいくつか紹介します。
タイトル:「さるかに合戦」⇒「Mr.Crab and Mr. Monkey」
いきなりタイトルから興味を惹かれます。
原文は「さるかに合戦」ですが、英訳では「Mr.Crab and Mr. Monkey」とされています。
「カニさんとサルさん」
といったところですね。
「合戦」はどこに行ったのでしょうか?
しかし、ここでbattleとかwarといった単語を当てはめたとたん、ものものしいイメージが強くなります。
きいろいとり文庫版では原文や挿絵も非常にやさしい雰囲気であるため、あえてこのような表現にしたのではないか、と考えられます。
「ウス」(p.13)⇒「Mr. Mortar」(p.39)
大ケガしたカニを、ハチ・クリ・「ウス(p.13)」という仲間たちがお見舞いに来ます。
そのウスが英語では「Mr.Mortar」(p.39)と表現されています。
最初、私は「モルタルって、左官で使われるあのモルタルなのかな?」と不思議に思いました。
しかし調べてみたところ、「乳鉢」という意味があることを初めて知りました。
ここでいうウスはいわゆる「石臼」を指すもので、かなりの重さがあるものだというイメージがあります。
しかし、石臼が屋根から落ちてきてはきっとサルは死んでしまいます。
そこで、そんなに強烈な大きさや重さがあるわけではない「乳鉢」と訳したのではないでしょうか。
「よ~し、みんなで力を合わせて、さるくんをこらしめてやろう」(p.13)
カニをお見舞いに来た仲間たちが、サルをこらしめることを決意するシーンです。
しかし、原文では
「よ~し、みんなで力を合わせて、さるくんをこらしめてやろう」(p.13)
というところが、英語では
「Well, let’s teach him a lesson together!」(p.39)
と表現されています。
「よし、みんなであいつに教えてあげましょう!」
という感じですね。
「仕返し」とか「やっつける」というニュアンスではないため、こちらにも優しい雰囲気が漂います。
「さるはようやく反省して、かににあやまりました。」(p.23)
物語の結末、サルがカニにあやまるシーンです。
日本語では「さるはようやく反省して、かににあやまりました。」(p.23)という表現ですが、英語では
「Finally, Mr.Monkey thought over what he had done, and apologized to Mr. Crab with regret.」(p.47)
とされています。
「ようやく、サルさんは自分のやってしまった過ちを思い返し、自責の念をもってカニさんにあやまりました。」
というテイストです。
日本語版では意外にもあっさりと反省して終わる物語が、英語版ではサルがしっかりとあやまる様子が描写されています。
「悪いことをしてはいけないんだよ。」
「もし悪いことをやってしまったなら、しっかりとそれを認めてあやまることが大切なんだよ。」
という、説話的なテイストをしっかり盛り込もうとして、翻訳者が原文の文脈を丁寧に織り込んだ名訳だと感じました。
短い作品でも、深く楽しめるという好例
今回は「さるかに合戦 【日本語/英語版】 きいろいとり文庫」をテーマに、いろいろな内容に触れることとなりました。
特に、このさるかに合戦は
- 登場人物やストーリーの細部にいろいろなバリエーションがある
- きいろいとり文庫版はかなり子供むけにやさしく編集されている
- 英語版は特にやさしい(ていねい)印象を受ける
という点が面白く、「こんな読書もあるんだ」と考えていただけるきっかけとなれば幸いです。
古今東西、いろいろな昔話や民話がありますし、その成り立ちや伝播について考えることは非常に面白いものです。
特に本作には翻訳という観点も加わっていることで、書籍にしてみればほんの数ページで終わるような物語でも、
かなり深く楽しみ尽くすことができるという好例です。
本作もAmazonのKindle Unlimted会員であれば無料で読むことができますので、是非一度読んでみてください。